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本当なのかどうか定かには知らないが、この国の若者は保守化(右傾化?)しているらしい。政界を眺めれば、為政者が立憲主義をないがしろにし、しかも改憲するのだと息巻いている。法曹界だって、刑事司法などをめぐる積年の悪弊は一向にあらたまる気配がない。空蝉(うつせみ)、暗いことばかり。そんな中、「あすわか」に集う若手法曹人たちが気を吐いている。「若手」というが、真に「若手」かどうか僕は少しく疑問も持っている(笑)けれど、こうして現状に立ち向かう者たちの気概には、それこそ「100%ともにありたい」と思う。
〈ニホンスゴイ〉という内容のテレビ番組が結構あるんだそうです。
そうなのかあ、そう思いたい気持ちはわからないでもないけど、でもどうにも今は〈ニホンオカシイ〉〈ニホンヤバイ〉としか思えないんです。
正直〈かなりヤバイ〉とひしひしと感じてます。〈こんなに軟弱ですぐにへこたれる私がついオカシイと言っちゃうほどに。〉
今年に入って安倍さんがどうどうと改憲を語りだして、私はほんとにこの人に未来がめちゃくちゃにされちゃうのではないかと危機感を募らせています。
何もかも政権の好き放題しているのに、都合のいい嘘をつき続けて、のらりくらりかわしつづけて、なぜこう居座っていられるのかしら。権力者の暴走を縛るためにあるはずの憲法を、すでに暴走している権力者が自らの都合のいいように変えようとしている今は、本当に崖っぷちなんじゃないかと思うんです。
自民党の改憲案の時代錯誤っぷりったら!
アベアソウコウノコイズミ諸氏〈敬称略でスミマセン〉他 、たくさんの二世議員さんたちの頭の中はまるで200年くらい前の貴族のようではないかしらと思ってしまいます。トッケンカイキュウ。
ただ易々諾々と見ないふりしておとなしく我慢して、子供たちへ手渡すべき未来を潰してしまっていいのかしら。
私たちが今、きちんと地に足をつけて声を上げていかないと大変なことになっちゃうんじゃないかしら。
そんなこんなの今。〈あすわか〉のチームがいてくれること、ありがたいです。
ともに学んで考えを深めていこうというときに、大きな助けと力をもらいます。
日々の暮らしの中で愛おしく思うもの、大事にしたいことを守るために、小さいかもしれない声を集めて、繋がっていきたいです。
おおらかに笑って生きていくために。
ともに平和に生きていくために。改憲という言葉を最近よく耳にします。あなたは改憲の中身をご存知ですか?いや、僕達はそもそも憲法をどれだけ知っているのでしょうか?若手弁護士の有志が、講演や書籍の出版、声明の発表を通して憲法について考える活動に取り組んでいます。
自由を、未来を、そして社会を守るために立ち上げられた「明日の自由を守る若手弁護士の会」を支持し、応援します。権力の暴走を縛る決まり
長い歳月、テレビ報道に関わってきた端くれの一人として、今、実感していることを記します。僕にとっては正直、日本国憲法が自分のなかで、それほど切迫した問題として意識されたことはあまりなかったのです。いわば空気のようなものでした。しかし、人間を含む生き物たちは、空気が欠乏すると息苦しくなり、完全に断たれると死に至ります。日本国憲法のもつ歴史的な重み、そして権力の暴走を縛る決まりであることの役割を、今ほど切実に認識させられたことはありません。個人よりも国家を、自由よりも秩序を、と叫ぶ彼ら。憲法をまずは知ろうよという「あすわか」の取り組みは、この酸欠状況のなかで、実に魅力的な輝きを放っていると思います。
憲法は、国が決めた「国民が守るべきルール」ではなく、国の大事なことを決める人たちが、勝手なことをしないようにするためのルールです。個人の幸せや安全や自由が、ないがしろにされないようにするためのものです。
今の憲法が作られてから70年が経ち、時代にあったものに変えよう、と言われています。もしも憲法を変える時には、国民の意見がちゃんと反映されなければ困ります。ひとりひとりが、詳しい情報に基づいて、生活に引きつけて考え、冷静に判断することが大切です。批評家としての判断ではなく、主権者としての判断を。憲法をどうするかは、自分の人生をどうするかということなのです。表現の自由が、自民党改憲草案にあるように「公益及び公の秩序を害さない」範囲に限定されたら、国や誰かの利益の前に、自分という個人を殺すことにならないだろうか。
2012年末に読んだ自民党改憲草案に戦慄した。「公共の福祉」という言葉が、「公益及び公の秩序」という言葉に代わられていたからだ。
個人の声や権力の暴走に対する批判が姿を消せば、戦争とメディアはビジネスという点では簡単に手を組んでしまう。
憲法は巨大な楔(くさび)だ。
権力の暴走は必ず繰り返される。
だから憲法によって権力に歯止めをかけているのだと、「あすわか」の人たちに教わった。表現に携わる者として、また1人の父親としても、憲法の勉強をし続けていきたい。
あすわか先生の「憲法カフェ」は、いずれ日本史の教科書に太字で記されるはずの、すばらしい啓蒙活動、国民運動だと思っています。こんな頼もしい先生たちが、全国に何百人もいるってだけで、元気になってくるではありませんか!
安倍政権による「改憲」が、具体的に迫ってきてしまいました。今年中に発議、来年にも国民投票と言われています。わたしたち国民みんなが、しっかりした憲法知識、憲法観を身につけないと、世の中はとんでもない方向に向かってしまいます。あすわか先生の活動を、心から応援しています。憲法は、固有の意味としては、一つの国家がいかなる政治的共同体であるかを根本的に自己規定するものですが、近代の立憲主義は、更にフランス人権宣言が「権利の保障が確保されず、権力の分立が定められていないすべての社会は、憲法を持つものではない」と述べている通り、必ずしもすべてが憲法の名に値するものではないと、その必須の条件を定めています。
この欧米の立憲主義を「普遍的」な価値として定着させようと試行錯誤してきたのが近代の歴史であり、その過程では、二度の大戦のような大きな失敗もあり、戦後、平和主義、国際協調主義が憲法に明記されるケースも登場しました。日本国憲法もその一例でしょう。
私たちが生きる、今日の基本的人権が尊重された社会の根底にあるのは、日本国憲法です。国民として、まずはそれを知ることが大切です。最近、改憲か護憲かなんて話題になっているようだけど憲法ってそもそもなんだっけ?
今更人に聞くのも恥ずかしいし…
何だか難しそうだし、つまんなそう…そんな僕のような人間でも、気軽に楽しく、そして何より憲法について正しい知識を身につけられるのがこのあすわかの活動だと思います。
この国の主権者は僕達国民。
そもそも憲法とは権力者側が守らなければならない最高法規。
このような基本を再確認するだけで、いかに現政権が最高法規である筈の憲法を軽視しているのかに気付く筈です。
世界各国から賞賛される日本の憲法について、みんなで正しい知識を身につけて正しい行動をとりたいですね!
日本の未来を創るのは政治家ではなく主権者である僕達国民一人一人!!
あすわかのみなさんの活動に感謝!!権力者の暴走、横暴を縛るための憲法を、その権力者自身が躍起になって変えたがっていますが、その意図は明白です。
今の政権がどのような手法で政治運営をおこなって来たか、ちょっと振り返るだけでも、「この人達に憲法をいじらせてはならない」ことがはっきりしています。
私は改憲反対論者ではありません、、今よりも隙がない、権力に対してさらに厳しく優れたものになるのであれば、国民の側から自然と改憲論が湧き上がるでしょう。「国のかたち、理想の姿を語るのが憲法」などと印象操作を施す語句を使って、「教育の無償化」や「環境保護」など、お為ごかしの材料をチラつかせて賛意を得るまやかしもあるようですが、そんな問題は憲法など改変せずともできることです。ムードに流されず、騙されず、本当に国民のためになるのは何かを、それぞれが考える必要があると思います。
「秘密保護法」「戦争法」「共謀罪」の強行からもわかるように、憲法を踏みにじる今の政権から、国民の大切な権利を守らなくてはいけないと、強く感じています弁護士と言えば、理屈っぽくて自分が偉いと思っているイメージですが、私の子供の年代である「あすわか」の皆さんは、素直で健全な人たちだと感じます。それは、法律を自分の地位の手段ではなく、世の中に役立つための道具と考えているからだと思います。
市民の中に入って、同じ視線で疑問を持ち、一緒に学ぼうとする姿勢がいいですね。
国民が政府やメディアが流す情報で扇動される群衆になるのか、疑問をもって声をあげる市民になるかで、国の未来は大きく変わってしまいます。おかしいことはおかしいと言い、何がおかしいのかを考えることが、自分を大切に、そして国や社会を住みよくする生き方につながります。
「あすわか」の活動が、日本の民主主義を支える草の根になっていくことを期待しています。